大正時代から続く北国のハンドワーク【拓明興社・奈井江】

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畳針で箒が広がらないように縫います。昔は、箒を束ねたり力の必要な部分は男性が、縫製など繊細な手作業の部分は女性が担うものだったとか。

他所から来た人の視点を通して、その土地の良さを再発見することがあります。

新しい風を運びこんでくれた人のおかげで、自分の出身地である空知管内・奈井江町に
大正時代から作られている箒があることを知りました。

奈井江町の箒作りは大正12年、’空知 黍(キビ)箒加工組合’が
国の農村副業奨励により発足したのが始まりです。

昭和13年、同組合の初代理事長になった梅澤喜久さんには
聴覚障がいを持つ子どもがいました。

障がいを持つ我が子を通じて、
’ろうあの人たちにも担える作業(しごと)を’と、
梅澤さんが私財を投じて創設したのが現・拓明興社さんの始まりです。

自分にも聴覚障がいを持つ身内がいます。
当事者である本人の苦悩と苦労、親と子の努力、家族の気持ちを
身をもって体験しています。

拓明興社さんの箒には
「いかなる障がいがあっても人は皆、平等であれ」という
願いと祈りが込められていて、そこに共感しました。

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’箒は天の法規に通じ 種々の不浄不正を清掃して
限りなく、福徳を招く’ 梅澤さんの残した言葉です。

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箒をつくる職人さんが高齢化して少なくなり、たくさんの箒を紹介するのは難しいですが

・食卓テーブルの上、細かな箇所をはく小さな箒

・天井の隅など手の届かない部位に便利な’はたき’の要素も持つ箒

・大正時代からずっと作られている伝統技法による箒

拓明興社さんにはさまざまな種類の箒があります。

自分はもともと掃除は箒派なんですが、

箒で掃除すると気持ちもすっきりするのは、まさに はらっている から!

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セレクト取扱い店
しまくま堂(札幌)
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この記事を書いた人

'дача'(Dacha ダーチャ)はロシア語で手づくりの小屋のある庭のこと。北海道で、おばあちゃんのうちを訪れたような懐かしい東欧雑貨店を運営しています。uracima名義で星読み活動もしています。

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