魂のルーツに思いを馳せる〜日本の最東端から北方ルートについて思索する

CULTURE

前回、冥王星のOOB について記した時。
私は日本の最東端・納沙布岬でひとり車中泊して、原っぱに寝そべり星空を鑑賞し、
日本で最も早い日の出を拝み、北方四島(歯舞諸島と色丹島)の島影を眺めていました。

大袈裟な表現かもしれないけれど、
私は「オホーツクの夜空には神話がある」と思っているのです。

そしてオホーツク文化について知るたびに、
両親のルーツは岐阜と山形で何の所縁もないけれど
北方オホーツクに魂由来のルーツがあるような気持ちになるのです。

最東端の朝日と北方四島のひとつ、歯舞(はぼまい)島

秋の始まりの納沙布岬の日の出は5:00。
私のような車中泊組、地元の愛好家などが日の出を拝もうと岬の周りに点在していました。

北方館&望郷の家に設置してある望遠鏡から見えた灯台

私が日の出待ちしたポイントには、一人の若い女性が
望遠レンズのついた立派なカメラで絶好の撮影の瞬間を狙っていました。
朝の挨拶を交わストその女性は地元の人で、こちらが旅行者と気づくとさりげなく
「あれが歯舞諸島、あそこに見える灯台が貝殻島です」と説明してくれました。

photo: 根室金刀比羅(ことひら)神社HPより

北方領土=北方四島のうち、根室から見えるのは色丹(しこたん)島と歯舞諸島です。

色丹島は捕鯨を生業にする島で、神社の鳥居もクジラの顎骨でつくられています。
この逸話を知った時、かつてクジラが身近だった時代の人々は海の命を祀り、
海と人とのつながりを形にしたこの島独自の鳥居は「神社」という形式はとっているものの
神道でもシャーマニズムでもなく、宗教以前の祈りのかたちを表した、
とても根源的で土着的な象徴に思え、感動しました。

北方四島は日本とロシアの政治的緊張の象徴=境界線として語られることが多いけれど、
人々の祈りと感謝がこもった信仰心や文化は、ひとつの民族や国家だけに
属していたわけではなかったのだと思います。

納沙布岬でだんだん高く昇る朝日に海が照らされる風景に触れていると、
民間人同士がゆるやかに混ざり合う地帯だった記憶が紐解かれてゆく気がしました。



この北の一帯は、近代国家が境界線を引くはるか以前から
人や言葉、交易が行き交う重要な回廊(ポイント)でした。

アイヌ、ニヴフ、ウイルタ、ブリヤート、ツングース、サハリンに暮らした人々、
さらにその北や奥へとつながる民族と文化。
バイカル湖から千島列島、樺太、北海道、カムチャツカ、アラスカへと伸びる
海と森の道は、地図よりも先に人々の暮らしの網目として存在していたことが
北方民族博物館(網走)や根室の民族資料館などで解説されています。

その土地には、国籍や宗教ではくくれない記憶が染み込んでいると感じます。

もし魂というものが出生や国籍を超えて地上をめぐるのだとすれば、
この北の回廊もまた、魂の通り道だったのかもしれない。
だとすれば、争いや分断の魂的役割を持つ者だけではなく、
調停や橋渡しを担う者たちも実はそっと配置されてきた場所だったかもしれない。

そう想像を巡らせると、境界に立つ人々は、しばしば二つ以上の文化に馴染み、
どちらか一方だけでは語れない記憶を持つのではないか。

そうした人々のことを、スターシード、北洋の民、レムリアの末裔と
スピリチュアルな世界では呼ぶようです。
私はそうした記憶があるわけではないけれど、呼び名はどうであれ
特定の土地に惹かれる感覚や、争いより対話を選ぶ直感は、
過去世や魂の記憶として語ることができるかもしれない、と感じています。

ヒール役(悪役)、加害者という一面的な物語を誰かに背負わせるのではなく、
地形や記憶の重なりの中に役割を見出す視点も持っていたい。

昇る朝日は国境という影を越え、ただ海面を照らしている。
人と土地と魂の記憶も同様に、線引きで分断できるものではないと感じる。

そういえば
納沙布岬の土産店・レストハウス請望苑のオーナーさんと雑談していた時に
「色々な資料や文献にあたっているけどオホーツクはおもしろいね。
 地理的にも、縄文人、擦文人がいて、オホーツク人とアイヌ人とが混じり合ったと
 考える方が自然だと思うね。YouTubeの竹田恒泰はオホーツク人について
 なかなかおもしろいことを言うと感心したよ」
と言っていたのが印象的でした。(茂木誠さんも同じことを言っていますね)

海と風に触れながら、魂のルーツに想いを巡らせたオホーツクの旅でした。

text: OMOMUKI magazine/ CIMACUMA SAORI

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