世界で最も解決が困難とされる紛争の一つ、パレスチナ・イスラエル問題。
SNSから流れてくるのは、昨年10月の停戦後もイスラエルからの爆撃や銃撃で犠牲となる、パレスチナの人々の胸の痛むニュース。
しかし、私たちが政治的なバイアスを一度脇に置き、科学の顕微鏡と歴史の古文書を覗き込んでみたとき、そこには驚くべき、そしてあまりにも皮肉な「真実」が浮かび上がります。
それは、彼らが「同じ血を分けた、極めて近い親戚である」という事実です。
今回の記事は、DNAと歴史の地層を掘り下げ、この悲劇的な兄弟喧嘩の深層にある「趣(OMOMUKI)」を考察します。
遺伝子が暴いた「共通の台本」
21世紀に入り、ゲノム解析技術が飛躍的に向上したことで、中東の人々のルーツが科学的に解明されはじめました。
アリゾナ大学のマイケル・ハマー教授や、ヘブライ大学のアリエラ・ネーベル博士らが行ったY染色体(父系の系統)の調査結果は、世界に衝撃を与えました。
その結果によれば、ユダヤ人のマジョリティとパレスチナ人のDNAは、驚くほど似通っていたのです。
(アシュケナジー系ユダヤ人のルーツや遺伝子検査を行った部族については、話が複雑になるので今回はスルーします。)
彼らの共通の祖先は、数千年前のレバント地方(現在のイスラエル・パレスチナ周辺)に暮らしていたカナン人などの古代住民にたどり着きます。
ユダヤ人は、イスラエル王国滅亡やローマ帝国による追放などで世界中に散らばった(ディアスポラ)後も、宗教的・文化的な紐帯によって一部の人はその遺伝的特徴を驚異的な純度で保存し続けました。
(もちろん全員ではなく、レバント系遺伝子を持たない改宗したユダヤ人も多くいます)
一方で、その土地に残り続けた人々が、後にイスラム化・アラブ化したのが現在のパレスチナ人のコア層です。
つまり、科学的な視点に立てば、彼らは「2000年前に離れ離れになった兄弟が、お互いの顔も名前も忘れて、故郷の玄関先で鉢合わせし、激しく罵り合っている」という状態なのです。
「去った者」と「残った者」の歴史的分岐点
なぜ、これほど近いルーツを持ちながら、一方は「ユダヤ人」を名乗り、もう一方は「アラブ人(パレスチナ人)」としてのアイデンティティを持つに至ったのでしょうか。
ここには、歴史のうねりがもたらした劇的な変遷があります。
かつてその地に存在したイスラエル王国やユダ王国の滅亡後、その土地に留まった住民もいました。
彼らは時代の支配者に応じて、ユダヤ教からキリスト教へ、そして7世紀のアラブ征服以降はイスラム教へと改宗していきました。
言語もヘブライ語からアラム語、そしてアラビア語へと移り変わりました。
一方で、異郷の地へと散ったユダヤ人たちは、マイノリティとしての苦難に耐えながら「いつかエルサレムへ帰る」という祈りをアイデンティティの柱として守り抜きました。
19世紀末、シオニズム運動によってユダヤ人が「帰還」をはじめたとき、そこにいたのは、かつて自分たちの先祖がそうであったように、その土地を耕し続けてきた「かつての同胞」の末裔たちだったのです。
しかし、数千年の歳月は、お互いを「家族」として認識するにはあまりにも長すぎました。
なぜ「同族であること」は語られないのか
「実は親戚である」という事実は、一見すれば和解への強力なカードになりそうですが、現実の政治において、これは「不都合な真実」として扱われます。
ナショナリズムとは、常に「他者との違い」を強調することで団結を図る装置です。
イスラエルにとっては「独自の民族的帰還」という物語が、パレスチナにとっては「侵略者に対する先住民の抵抗」という物語が、それぞれの生存戦略として不可欠だからです。
もし「パレスチナ人は、イスラム化した元ユダヤ人(古代イスラエル人)である」という説を全面的に認めれば、イスラエルの「ユダヤ人国家」としての定義や、パレスチナの「アラブの土地」としての定義が、根底から揺らいでしまいます。
DNAが示す「曖昧な境界線」は、明確な境界線を必要とする政治家たちにとって、扱いに困る劇薬なのです。
絶望の中に咲く、科学と対話の「趣」
しかし、この科学的・歴史的事実を「希望の種」として育てようとする人々もいます。
ヨルダン川西岸地区では、ユダヤ人入植者とパレスチナ人の農民が、互いを「Cousins(いとこ)」と呼び合い、対話を続ける「Roots」のような団体が活動しています。
また、医療現場では、両者に共通する遺伝病を克服するために、イスラエルとパレスチナの医師たちが国境を超えた共同研究を行っています。
彼らは知っています。
顕微鏡の中のDNAには、チェックポイント(検問所)も分離壁も存在しないことを。
同じ配列の遺伝子が、同じように病に倒れ、同じように生の喜びを享受することを。
結びに代えて
パレスチナとイスラエルの紛争。
その深層には、数千年の放浪を経て再会した兄弟が、対話の言葉を失い、相手を排してでも土地を奪っているという人類史レベルの悲劇が横たわっています。
「趣(OMOMUKI)」という言葉には、物事の奥底に潜む「しみじみとした真実」を照らし出します。
この紛争の趣をたどれば、そこには憎しみの連鎖を超えた、切っても切れない血の繋がりの残像が見えてきます。
「平和とは、相手の中に自分の一部を見出すことである」。
この古くて新しい教訓こそ、私たちがいま、最も必要としている光ではないでしょうか。
科学が示した「兄弟の絆」が、政治が築いた「敵の壁」を溶かす日は来るのか。
その答えは、冷徹なDNAの螺旋のなかにあるのではなく、目の前の相手を「かつての自分」として受け入れる、私たちの想像力の火に委ねられているのです。

ぜひDUGRIのPVを観てみて!
パレスチナ人ラッパー SAZ(サズ) と イスラエル人教育者/ラッパー Uriya(ウリヤ) が組んだユニット。
彼らはヒップホップのライブやトークセッションを通して、パレスチナ・イスラエル双方の社会的対話に取り組んでいるんだよね。
text: OMOMUKI magazine / CHAKA MAYO



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