千本桜のメロディにのせ重音テトが歌う命数が宇宙だった

Spiritual

甥っ子に会うと、いつもお互いがその時、気に入っている動画を教えあう。年齢は40歳以上離れているけれど、おんなじ動画を見ていたり甥っ子が教えてくれる動画は、私にとっても面白いものが多い。感性が合うとはこういうことかと、いつも興味深く感じる。

先日も、甥っ子がおもしろい動画を教えてくれた。
赤髪ツインテールのバーチャルシンガー 重音テトが『千本桜』のメロディにのせて、
数の単位を歌う動画だ。

数を言葉で表した単位『命数』を、大数の命数八十華厳の命数小数の命数の3部構成で
見事にまとめてある。5年前に制作されていて、とてもよくできている。
この一種のミュージッククリップを眺めているだけでとてつもなく深淵な宇宙、
微粒子の世界が想像されて、何度も何度もかけている。


一、十、百、千、万、億、兆 …

この辺りは序の口の単位。

京(けい)を越え 
垓(がい)、𥝱(し)、穣(じょう) … と続いて

恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ) …

あれ?こんな仏教用語見たいな単位もあったっけ?
そして
不可思議、無量大数 …と続く。

え?無量大数が数の最大じゃないの?
まだ序章で出てきた 無量大数 に
コメント欄にも同じような感想が並んでいる。

恒河沙は、ガンジス川の砂の数を表す単位だという。
とても数えきれない。

これらは、数を言葉で表すもので「命数」と呼ばれる。

一、十、百、千
万(10⁴)、億(10⁸)、兆(10¹²)、京(10¹⁶)
垓(10²⁰)、𥝱(10²⁴)、穣(10²⁸)、溝(10³²)
澗(10³⁶)、正(10⁴⁰)、載(10⁴⁴)、極(10⁴⁸)

その先に続く、仏教由来の数

恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数

ここまでが日本の大数で、
その先に、八十華厳命数という数の単位が続く。ここから先は、もはや数というより、
世界の広がりそのものを表す言葉になる。

那由他(なゆた)
頻波羅(びんばら)
矜羯羅(こんがら)
阿伽羅(あから)
最勝
摩婆羅
阿婆羅
多婆羅
界分
普摩
禰摩
阿婆鈐
弥伽婆
毘攞伽
毘伽婆
僧羯邏摩
毘薩羅
毘贍婆
毘盛伽
毘素陀
毘婆訶
毘薄底
毘佉擔
毘伽羅
毘羅伽
毘婆羅
毘伽婆羅
毘摩羅
毘婆摩羅
毘迦摩羅
毘羅摩羅
毘婆羅摩羅
(※この先も連なっていくが、ここでは一部を抜粋)

重音テトの歌と軽妙な音楽に乗せて
日常ではほぼ使われない数の単位がどんどん流れてくる。途方もない距離を含んだ数の単位が怒涛のように押し寄せてくる。
ここまで来ると、数というより、時間や宇宙の広がりに似ている。


その流れの奥に、仏教の世界観があることを知る。仏典の中には、人の思考では捉えきれないほどの時間や空間が、当たり前のように語られている。

だからこそ、数はここまで拡張されたのかもしれない。

それはもう、単位というよりも、“果てがない”という感覚そのものに近い。
その起点をたどっていくと、自然と、インド へと行き着く。仏教が生まれた場所であり、同時に、数学が静かに発展していった土地。

そこで生まれたひとつの考え方がある。

ゼロ。

何もない、という状態を、“ない”ままにせず、ひとつの数として扱うという発想。
その「数の革命」によって、数はどこまでも大きく、そして正確に表せるようになった。

すでに、思考は追いつかない。

無量 無量転 無辺 無辺転 不可思 不可思転 不可量 不可量転
不可説不可説 不可説不可説転

これが、命数の最大数の単位
不可説不可説転(ふかせつふかせつてん)

言葉にすることすらできないものを、それでもなお、言葉にしようとした痕跡。
“これ以上は語れない”という場所に、名前が与えられている。

でも、この流れは、ここで終わらない。むしろ、ここから反転する。
果てしなく大きなものの、その先で、今度は、どこまでも小さなものへ。
目には見えない単位。感覚でも捉えられない領域。

一よりも小さい世界にも、名前がある。
小数の命数

分、厘、毛、糸、忽
微、繊、沙、塵、埃
渺、漠、模糊、逡巡、須臾、瞬息

世界は、広がるのと同時に、
どこまでも細かく、静かにほどけていく。
そして最後にたどり着くのが、

涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)

すべての動きが止まり、すべての区別が消えていく場所。

数を数えていたはずなのに、気づけば、
「大きさ」でも「小ささ」でもないところに立っている。
厳密には「不可説不可説転〜涅槃寂静」の並びは、
数の単位というよりも仏教語・哲学語の要素が強い。

甥っ子の感性はとても面白い。

ふと、
中学生になったばかりの甥っ子の目が、
私の目線より高い位置にあることに気づいた。

「あれ、もしかしておばさんより大きくなった?」

「おばさん、何センチ?」
甥っ子に聞かれて、私は覚えたての単語でこう答えたのだった。

不可説不可説転155センチ。

text: OMOMUKI magazine/ CIMACUMA SAORI

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