ロンギヌスの槍(アルメニア)とエヴァンゲリオン 

Culture

 これで、キリストの脇腹を刺しただと…? アルメニアでロンギヌスの槍を目にした瞬間、頭脳で真偽を判断する感覚を超えてしまいました。

 十字架に磔にされたキリストの死を確かめるため、ローマ兵ロンギヌスはその槍で聖なる人の脇腹を刺した。「ロンギヌス」はギリシャ語で「槍を持つ者」。決していい役回りとは言えないが、血を目に浴びたロンギヌスは白内障が治癒したという。そして聖なる人の血がついた槍は‘ロンギヌスの槍’(Spear of Longinus)と呼ばれる聖槍=聖遺物となった。

 日本で「ロンギヌスの槍」と聞くと、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(TV放映 1995年)を連想する人が多いんじゃないかと思います。エヴァ(*エヴァンゲリオンの略)が使徒に放ったロンギヌスの槍が月に刺さる有名なシーンはパチンコにも登場し、アニメを見ていないうちの父も知ってますから。

 キリスト教をメタファーにしたエヴァの世界観は実によくできています。まず「エヴァンゲリオン」というタイトルは「福音=良い知らせ」という意味のキリスト教用語です。12の敵「使徒」はキリストの12人の弟子(十二使徒)がモチーフ。第一使徒のアダム以外、聖典の天使が名の由来です。使徒はエヴァに倒されると、十字架形の噴煙をあげます。エヴァが所属する特務機関NERV(ネルフ)の頭脳は「メルキオール」「バルタザール」「カスパール」という3台のコンピューターをつないだ「マギシステム」。「マギ」はキリスト生誕時、乳香(フランキンセンス)・没薬(ミルラ)・黄金を携えやって来た東方の三博士のことで、コンピューターはそれぞれ三博士の名前になっています。

 アニメの語源は“霊魂”を意味するラテン語「アニマ」(anima)ですが、エヴァの世界観はまさに生粋の「アニメーション」(animation: “動かないもの=生命のないものに、命を吹き込み動くようにすること”) で、非常に日本的な感性で構築されていると思います。

アルメニア正教の総本山・エチミアジン大聖堂にて(’2024)

 西洋には「Spear of destiny (運命の槍=ロンギヌスの槍)を手にした者は、世界の王となる」という伝説があります。権力者たちはこぞってこの槍を手中に収めようとしました。ヒトラーが所持していた聖槍にはレプリカ説もありますが、オーストリアの王宮宝物館でその槍を見ることができます。スペインの建築家ガウディはサグラダファミリアで聖槍のモチーフを取り入れています。ヴァチカン市国の聖ペテロ大聖堂(イタリア)、フランスのシャルトル大聖堂、さらにイギリスやイスラエルにも、本物のロンギヌスの槍の存在がまことしやかに囁かれます。真偽はともかく、こんなにも複数の槍が存在するところに、象徴的な意味や信仰の深さを感じます。

宝物館の様子とロンギヌスの槍。ここにアルメニア国教を改宗させたキーとなる聖槍がある。

 アルメニアのロンギヌスの槍はアルメニア正教会の総本山エチミアジン大聖堂(アルメニア語: Էջմիածնի մայր տաճար エチミアジン=キリストの降臨)の宝物館に展示されています。入館する時、一緒になったロシア人団体の中に英語を話す親切な人がいて、館内の要所要所で解説をしてくれました。

 ロンギヌスの槍の前まで来た時、そこにいた全員が「これが…」とめいめい心の中で独りごち、聖なる槍を見つめて佇みました。槍は豪華な金の台座に載っていました。中心に十字架が配されて、槍というより鍵のようでした。正確には槍の先端部分だそうですが、刺すには大き過ぎるのではないか..? と思いました。何よりアルメニアの聖槍は、エヴァの、赤くて細長い槍とは色も形状もまったく違っていました。

「あなたはこれが本物だと思いますか?」解説してくれた女性に聞いてみました。「わかりませんね…。偽物とは思わないですが、果たしてこれが本物なのかは」。少し肩をすくめるようにして、そう答えたことが印象的でした。

こちらが、ノアの方舟の木片といわれるもの

 宝物館にはノアの方舟の木片もありました。アルメニア滞在中は、天気が良いと常にアララト山が見えていました。ノアの方舟の木片が発見された山です。立地的にはあながち…と思いましたが、ほどほどに鑑賞するにとどめました。

エチミアジン大聖堂で、宝物館を見終わるとアララト山(大アララトと小アララト)が迎えてくれる

 アルメニアは、世界で初めてキリスト教を国教とした国として知られます。(それまではゾロアスター教=拝火教が主流でした) 

 国内には、エチミアジン大聖堂をはじめ、各地に古い修道院が残っています。その一つに、岩をくり抜いて作られたゲガルド修道院(アルメニア語: Գեղարդի վանք ゲガルト=槍)があります。別名「アイリヴァンク(洞窟修道院)」。そう、アルメニアをキリスト教に改宗させたキーパーソン、聖グレゴリウスがロンギヌスの槍を見つけた修道院です。

 ホルヴィラップ修道院。石碑のようなものは「ハチュカル」と呼ばれる石の十字架。

 キリスト教の聖人には、それぞれ、苦難を乗り越える信仰心を表す受難の物語があります。アルメニアの宗教指導者グレゴリウスの受難は、王室の監獄だった地下牢での13年間の幽閉生活でした。その場所がホルヴィラップ修道院   (アルメニア語: Խոր Վիրապ ホルヴィラップ=深い地下牢) です。

 実際に、聖グレゴリウスが幽閉されていた地下牢に降りてみました。画像だと接写し過ぎで伝わりませんが、梯子はほぼ垂直状態で5〜6mほど深くかかっていました。地下牢は円形で、4畳間程の小ささでした。暗くて狭いからだけではない、何とも鬱屈感のある空間でした。ここで、ほぼ人々から忘れられた状態で聖グレゴリウスが受難の月日を過ごした…。聖グレゴリウスが生き延びることができたのは、深い井戸のようなこの地下牢へ、毎日パンを投げ入れてくれた老婆の存在があったからだそうです。

信仰心、祈り、絶望、無念、信念、希望、奇跡…。地下牢の黒い岩壁に圧迫されそうになりながら、しばしハチュカルの十字架を見つめました。

グレゴリウスが13年間も幽閉されていたホルヴィラップの地下牢と、ハチュカル

 重病の王を快癒させられるのはグレゴリウスだけ、という王室の啓示により、聖グレゴリウスは13年ぶりにホルヴィラップから外へ連れ出され、王を全快させる奇跡を起こしました。

 301年、聖グレゴリウスを宗教指導者として、世界で初めてのキリスト教を国教とする国・アルメニアが誕生します。トルコとの国境近く、アララト山が大きく聳えたつアララト平原に現存するホルヴィラップ修道院には、奇跡の聖人グレゴリウスの足跡を辿って多くの巡礼者が訪れます。

 ホルヴィラップ修道院の向こうにそびえ立つアララト山。ノアの方舟が漂着したという霊山。アルメニアにとって象徴的なこの山は今、トルコ領内にあります。

歴史、宗教、史実…、真偽のほどはわかりませんが、信仰する対象は自分の内側にある、と考える感性はアニメ的なのかもしれません。

ロンギヌスの槍を模したシルバーチャーム(何としまくま堂で販売中です)

最後に、エヴァ的な世界観でロンギヌスの槍に触れられるインフォメーションを。

▶︎ エヴァンゲリオン作者・庵野秀明監督の出身地 山口県宇部市のときわ公園にある ロンギヌスの槍 

▶︎『まちじゅうエヴァンゲリオン』プロジェクト  

▶︎ ロンギヌスの槍型毛抜き (ちょっと欲しい) 

text: OMOMUKI/ CIMACUMA SAORI

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