文明の十字路にあるがゆえに
コーカサス旅行の一ヶ国目に訪れたのは、カスピ海の西側にあるアゼルバイジャン。
西アジアと東ヨーロッパの境目に位置する、北海道ほどの大きさの国だ。
古くから東西を結ぶシルクロードと、南(ペルシャ・アラビア)と北(ロシア・ヨーロッパ)をつなぐ交易路の主要拠点として栄えてきた。
ただその歴史は複雑で、ペルシャやトルコ、モンゴル、ティムール、ロシアなど大国からの侵略を受け、支配されることが繰り返されてきたエリアだ。
近年では1991年のアゼルバイジャン共和国の独立まで、約70年ほどソビエト連邦に編入されていた時代がある。
戒律のゆるさはどこにも負けない国
アゼルバイジャンは私の大好物のイスラム教国だけど、宗教の戒律はかなりゆるい。
トルコと同じように政教分離(世俗主義)を進めてきたことに拠るけれど、私の印象ではトルコよりもゆるゆるな感じ。
おそらくソ連時代にイスラム教が弾圧されてきたことも要因のひとつかなと。
ただ同じソビエト連邦に加盟していた中央アジアのウズベキスタンでは、市場のおばちゃんたちはほとんどほっかむりだったので、それだけが要因ではないようだ。
どのくらいゆるいかというと、トルコの観光都市イスタンブールよりもほっかむり率が低く、たまに見かけるモスリム・ファッションの女性は、ほかのイスラム教国からの観光客のみ(笑)。
(ここで使っているほっかむりとは、頭部をスカーフで覆って髪を隠すモスリムファッションのこと。モスリムの女性たちはスカーフを2枚使いしたりカラーコーデしたりと、めっちゃお洒落にスカーフを使いこなしている!)
飲食店では地元の人も堂々とお酒を飲んでいて、モスリムあるまじき生活スタイルだ(笑)。
超絶ライトなイスラム教国
バクーに滞在中、アゼルバイジャンワインをスーパーで買って部屋で飲もうとしたところ、宿のどこにもオープナーがなかった。
しょうがないので隣のバーへ行ってみたところ、黒革上下のロックなファッションでキメた女性スタッフふたりが、快く栓を抜いてくれた。
私がこれまで訪れたイスラム教国ではありえない、酒場に女性スタッフなんてタブーな組み合わせに遭遇。
もちろんイスラムの国でも観光客向けのお店ではお酒を飲めるけど、ローカルがお酒を飲める店は「店主もお客もオヤジのみ!」が鉄則だ。
オヤジたちはお酒を飲むことに多少なりとも罪悪感を感じるのか、どんよりとした空気のなか、テレビを観ながら無言で飲んでいた姿が印象的だったマラケシュの酒場。
アゼルバイジャンにはそんな暗さは一切なく、国民の93%がモスリムだけど「超絶ライトなイスラム教国」に認定した。
一応モスクに礼拝は行くそうな
首都バクーの街並みはヨーロッパのような雰囲気で、時折見かけるイスラミックな幾何学模様はデザインとしてセンス良く採り入れている。
アラブ諸国のように生活に密着したイスラミック・アートではなく、小洒落たモチーフとして使っている感じというか。
モスクも見かけないし、一日何度も流れるはずのアザーンも聞こえないし、「ココはホントにイスラムの国?」と何度も疑ったくらい(笑)。
ドライバー兼ツアーガイドのタギーさんに「あなたはモスリムですか?」と質問してみたところ、「もちろんモスリムだよ。金曜日は家族でモスクへ行ってるよ」と。
するとサービス精神の強い彼は、数日後に再び運転手をしてくれた際に、小さなマイ絨毯を持参して野外でお祈りをする姿を見せてくれた。
もしイスラム教徒になっても
アゼルバイジャン人の人懐っこさや親切さはほかの中東諸国と同様だけど、旅行者をカモにしようとするコスッカライ人が圧倒的に少ないことにグッときた。
土産物屋が軒を連ねている旧市街でも客引きがいないし、店員もしつこくないし、ナンパ師もいない。
唯一空港で客引きされたドライバー兼ツアーガイドのタギーさんも、めちゃくちゃ人が良くて客引きの鏡のようなナイスガイだった。
もしもこの先、何らかの事情でモスリムになったとしても、アゼルバイジャンなら暮らせると思ったお酒の好きなワタシ。
モロッコではお酒を飲まない代わりに、ハシシをキメながら仕事をしていた職人さんたちを見かけたが、一応中東でもこっち系はイリーガルだ。
戒律違反でお酒を飲むか、法律違反でこっち系をキメるか、なんて悩ましい二択のなかで酔っぱらうことを選択するのは精神衛生上あまりよろしくないので、あっけらかんと世俗主義を全うするアゼルバイジャンに移住したいと思う(もしモスリムになったらの話しだけどねw)。
「超絶ライトなイスラム国家」はどんな感じ?と興味を持たれた方は、ぜひ一度訪れてほしい。
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