前回、私なりに感じる「自分軸について」
(揺れても、戻る。どうやらこれが私の『自分軸』)を記してみたら
「あれってどういうこと?」
「自分軸ってどうやったら育つの?」
と話題になることがあった。
興味深いのは、この記事を知らない人からも
「どうやってそのメンタルのキツさをぬけたのか?」
という質問があったり、話す機会が増えてきたことだ。
これまでは、個人的な内的変化として感じていたことが、
どうやら現実にも反映しているらしい。
その自覚が本人にあまりないのが、またおもしろい。
正直なところ、今も普通にブレる(揺れる)。
フリーマーケットにエコバッグを持参せずに来て
10円の物を買って「可愛い袋ちょうだい」なんて言う輩には
「おいおい」とツッコミたくなる。
そういう私の自然体でも、もし誰かのヒントになるなら、はい喜んで。
そんなわけで今日は
「自分軸が体感できるようになると、何が変わるのか?」
最近、感じることを書いてみようと思います。
人は、なぜ自分軸を求めるのか。
手続きごとで区役所に行き、職員から理不尽な対応をされる、
銀行でなぜか自分の番号だけ飛ばされる…
そういう、取るに足らない一つ一つがいちいち気になって、
気落ちしたり、立腹したり、感情はいつも忙しかった。
そしてそんな自分に嫌気がさして、自責したり自己憐憫に陥った。
ーどうして私ってこうなんだろう。ー
人の言葉や態度に振り回されては落ち込み、
理不尽な出来事が起きるたびに引きずっていた。
今振り返ると、そういう自分を根底から変えたかったんだと思う。
「もっと強くなれたら」と合気道をやりに行ったら
師匠がまさかの異種格闘技で戦ったり、
「傷つかなくなれたら」と鈍感力を鍛えようとして失敗したり、
空元気を出しすぎて体調を崩した。
ラットレースのように同じ所をぐるぐる回る状況から抜け出せない、
外的要因にすぐにブレる、そういう自分が嫌でたまらなかった。
だから、自分軸という言葉に強く惹かれたのだと思う。
スピリチュアル王子の提唱する「こひしたふわよ」
「自分軸」という言葉は、スピリチュアル世界を探求していて出会った。
中でも、スピリチュアリストの並木良和さんが提唱する
「こひしたふわよ」という感覚がツボだった。
こ 心地よい
ひ 惹かれる
し しっくりくる
た 楽しい
ふ 腑に落ちる
わ ワクワクする
よ 喜びを感じる
この頭文字を並べたもので、「恋慕うわよ」にかけてある。
私はこの考え方にとても救われた。
けれど、「自然体の自分の感覚って何だろう?」と、
油断したら、また考えていた。
不安や恐怖、人からの見え方、損得、義務感、正しいか否か..
そういう「他人基準」みたいなもので選ぼうとしては、苦悩した。
要するに、頭の中にジャッジマンがいつも忙しかった。
もちろん、その中でも「楽しく惹かれること」を選んで
結果オーライだったこともいっぱいある。
物質的には、お気に入りに囲まれて、やりたい事をやっているはずなのに、
心のどこかに固い栓があって、塞がれている感じ。
心境も、現実の状況もなかなか好転しなくて、じりじり焦れる。
トライ&エラー、エラー..、エラーがあんまり続くから
諦めてみる、止めてみる、人生を一時的にストップしてみる。
好きなことをしつこく続けるって、案外いいかも。
でもやっぱり日は昇る。
元気になると、またトライする。
やめたことも沢山あった。
でも、占星術の活動は、単純に面白味があって、続けている。
その中で、男性性と女性性の統合がキモなのかもしれない、という持論が湧いてきた。
左脳と右脳。理性と感性。行動と受容。
海賊船を模した巨大な船がブランコのように左右に大きくスイングする
遊園地の乗り物みたいに、二極どちらかにガン!と偏ると
絶不調に陥ったり、有頂天になる。
そうではなく、その両極のエネルギーが
自分にとってちょうどいい塩梅で釣りあっている状態。
それが私の感じる「統合」であり、「自分軸」なのかもしれない。
そんな感触が、少しずつ掴めてきた。
その感覚、意識からズレた時、動揺する=ブレを感じる。
どちらか一方に偏るのではなく、その間を行き来しながらバランスを取ること。
仏教でいう「中庸」にも少し似ているのかもしれないなって思う。
私の中での自分軸は、そうしたバランス感覚の延長線上にある。
どちらかに揺れて偏っても、また真ん中に戻ってこられること。
その『自分に戻る』感覚を、少しずつ育ててきたように思う。
決して、問題はなくならない。
昨日も何かの記事で「ダライラマだって怒る」って冒頭文を目にしたばかり。
ただ、ダライラマは怒りを感じている自分を客観的に内観する。
同じようなことが、内側で起こり始めている。
こうなって初めて、引き寄せの法則とか
宇宙の流れに乗ってるね、って事が起きたりするのかもしれないなって思う。
あなたが「好きなこと」「自分に戻る瞬間」て、どんな時でしょう?
text: OMOMUKI MAGAZINE/ CIMACUMA SAORI



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