老後の人生は好きなことをして暮らしたい。そう考えるのはどの国の人も同じなのかもしれない。
蚤の市で出会った布物コレクターのおばあちゃんがコレクションを見せてくれると言うので、ご自宅へ伺ったことがある。
‘聖イシュトヴァーンの日’というハンガリーの祝日。首都ブダペストから列車で1時間ほどの郊外におばあちゃんのご自宅はあった。
日本では考えられないほど贅沢に区画割された広い庭付きの家々が連なるカントリーエリア。どの家も庶民的な造り。各家の主が思い思いに果樹や花を植え、菜園や畑を作る牧歌的な風景が広がっていた。
手作り感いっぱいのおおらかな庭。こうして鶏を飼う家庭も多い。タチアオイなど日本でもおなじみの花が咲いていた。
ハンガリー語で庭を kert という。畑にはトマトやナス、きゅうりなどの野菜、ディルやパセリといった香草(ハーブ)、ベリーなど果樹も多様な種類が植わっていた。もちろん、ハンガリー料理に欠かせないパプリカもあった。さらに塀で仕切られた扉の向こうにも畑スペースがあるという!そこにはじゃがいもなどの根菜が植えてあった。これはまさにハンガリー版ダーチャ!
ご自宅のすぐ隣に建つおばあちゃんのコレクションルーム。窓辺にはゼラニウムの寄せ植え。ヨーロッパの国々を訪れると必ず目にするこの花。ハンガリーの園芸市でもいろんな色のゼラニウムが並んでいた。独特の香りが虫除けになるとして、窓に網戸をつける習慣のないヨーロッパでは窓辺や玄関先に植えられることが多い。魔除けのお守り的な位置付けでもある。
おばあちゃん夫妻は長くブダペストで暮らしていた。旦那さんの仕事が定年になったのを機に、夢だった自給自足的ライフスタイルを送れる郊外の中古物件を購入。数年前、便利な都会から田舎暮らしへと生活をシフトチェンジしたそうだ。
案内された小部屋は導線に配慮した機能的なキッチンルームだった。陽光の降り注ぐ大きな窓。ご夫婦が毎日使う小さな食卓テーブルと椅子。私に振舞ってくれる料理に勤しむおばあちゃんの足元には、お裾分けを期待する犬くん。なんだかハンガリー絵本のような愛らしい光景。
パスタ、グヤーシュスープ
パプリカパウダーたっぷりのグヤーシュスープ。本式の牛肉が入ったものではなく、庭で採れたトマトをソースにしてパプリカパウダーで味付けしたシンプルなもの。
ハンガリー名物の揚げパン ラーンゴシュとタマネギの混じったサワークリーム
ラーンゴシュはハンガリー名物の揚げパン。おいしいラーンゴシュ・スタンドには地元の人が列をなす。揚げたてアツアツは嬉しいのだけれど、東欧圏の揚げパンや揚げ菓子はいつも自分の胃袋には油がきつく感じられ、そんなに食べられない。食文化の違いは体の構造にも違いがあって当然と実感する瞬間だ。
この他ラザニアも用意してくれたけれど食べきれない!結局「宿に戻っていただく!」と結構な量をテイクアウトさせていただいた。どの料理もトマトやパプリカを用いた素朴な家庭料理だ。揚げもの以外なら、ハンガリー料理は日本人にも好まれると思う。しょっぱ過ぎず薄過ぎず。おばあちゃんの味付けもとても美味しかった。
翼と矢が合体した「ウィング・アロー」と呼ばれるシュコダのマーク。チェコの車にハンガリー語表記のナンバープレートという組み合わせがいい。現在はフォルクスワーゲン(ドイツ)・グループなので Wマークも見える。
帰りは、ちょうど訪れたおばあちゃんの息子さんがブダペストまで送ってくれることになった。車が、何と SKODA(シュコダ)だった!シュコダはチェコの自動車メーカーで、しまくま堂に車好きのお客さんが見えるとこのメーカーの話で盛り上がる。
「シュコダ!」私が喜ぶと「知ってるの?」と息子さんが驚いた。「日本ではレアな外車だから」と伝えると「こっちではそんな車じゃないよ」とちょっと恥ずかしそうな表情をした。
メルセデスベンツ(ドイツ)の工場を持つハンガリーでは、ベンツに乗ることが一種のステイタスなのだと聞いていた。シュコダを始め旧東欧圏の車に乗ることは庶民、中産階級を意味するらしかった。そういえば現地で若い世代と話していて、セレブ志向が強いのだなと感じることが度々あった。
ガソリンスタンドにて。
ブダペストまでの道中、私より10〜15歳ほど年下の息子さんが「どうして両親がこんな不便な田舎に引っ越したのか理解できない」と言った。「ブダペストでも中心部の便利な場所にいたのに、なぜこんな暮らしを選択したのか、僕には理解できないんだ」。
ご両親が老後に選んだ自給自足的な菜園生活。見る人によっては憧れのライフスタイルだ。でも。働き盛り、子供達が良い職に就けるようベルギーへ留学させる教育熱心な彼の目には、その選択が不可思議にみえたとしても然もありなんかなと思った。
この数年後、流行病のパンデミックでハンガリーは対策として早々にロックダウンを敢行した。その経験で初めて彼も、ご両親の選択がなかなか良いものだったと感じたかもしれない。そんなことを想像しながらイマジンしてみる自分の老後。菜園生活、いいねぇ。
text: OMOMUKI MAGAZINE/ cimacuma saori
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