チェコ・ボヘミア地方〜“りんごの木のある町のガラスボタン”

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 旧東欧圏の1国・Česká republika(チェコ共和国)に“ヤブロネツ・ナド・ニソウ(Jablonec nad Nisou)”という町があります。

 “ヤブロネツ(Jablonec)=りんごの木のあるところ” + “ナド・ニソウ(nad Nisou)=ニサ川の河畔”。チェコ語で「りんごの木のあるニサ川河畔の土地」という意味を持つ、ボヘミア地方の小さな町です。

通称“ヤブロネツ”は首都プラハから車で1時間半、交通機関(列車やバス、トラム)で2〜3時間ほど。札幌中心部から温泉場へ赴く時のような山間の景色。個人的に「チェコの定山渓」と呼んでいます。

 “ヤブロネツ”と聞くと、猫や鳥など動物をかたどった可愛らしいもの.. 光源の変化でオーロラ色に輝くもの.. 繊細なレリーフのものなど.. 自分の中に眠る乙女心がハッと目を覚ますように美しいガラスボタンを想像する人もいるでしょう。

 無造作に集められたたくさんのガラスボタン。夢のような光景です。

 そう。ドイツとポーランドの国境に位置し、冬はスキー客で賑わうこの町こそ、「チェコビーズやガラスボタンを買いに行きたい!」と多くの人が憧れるチェコガラスのメッカ“ボヘミアガラスの里”です。

ヤブロネツ・ナド・ニソウ行きのバス。ヤブロネツに最も近いチェコの地方都市・リベレツからトラムに乗るのもおすすめです。工場から煙の上がる大きな煙突が見えてくると「ヤブロネツへ来た!」と思います。

 初めてチェコを訪れた際、プラハに行けば容易にガラスボタンが入手できると思っていました。ところが。早速、ビーズショップに入るもガラスボタンがひとつもない…。歩き回って見つけたドレスオーダー店でようやく発見したガラスボタンの価格は日本で買うより高かった…!チェコにいるのにガラスボタンがないとはこれいかに…?そういえば、プラハの蚤の市で出会ったガラスボタンのディーラーはほとんどがヤブロネツから来ていました。

 ヤブロネツにはボタンだけではなく、ボヘミアガラス産業全体を支えるガラス工場があります。16世紀にドイツの技師からボヘミアの人々に伝わったガラス製造の技術。ボヘミア地方で最も栄えた19世紀には、各家庭でガラスボタンの彩色と絵付けを行う内職が盛んだったといいます。

 かれこれ10年前、初めてヤブロネツのガラスボタン会社を訪れました。当時もチェココルナに換算すると厳しかったけれど、まだ日本円に力がありました。工房で対応してくれた社員さんは英語を話さなかったので、チェコの知人に主要な部分は電話でやりとりしてもらい、あとは少しのチェコ語とGoogle翻訳、最終的には身振り手振りで意思疎通を図りました。

ラジオから心地よいチェコ語が流れる小さな工房。机上には飲みさしのカフェオレ。窓から差し込む陽光が心地よく、そこはまさに“りんごの木のある町のガラスボタン屋さん”。

 机の上にはガラスボタンをのせる小さな轆轤(ロクロ)、彩色用の絵の具、そして様々なサイズの筆。轆轤の上にボタンをのせ、順番通りに色をつけていきます。

 何でも合理的に効率よく、機械化できるものはする便利な世の中ですが、ガラスボタンの彩色は手で行っていました。「今でも手作業なのか!」と感動するとても繊細な作業でした。私も絵付け体験しました。轆轤の回るスピードが予想よりずっと速くて案の定、ボタンから色がはみ出しました。

 色をつけたガラスボタンをのせた鉄のプレートを一枚ずつ、プレート専用棚に並べて乾かします。乾いたらまた次の色をつける。そしてまた乾かすを繰り返し、焼成します。

 ガラスボタンは型から製造します。植物、動物、人物や建物など… 様々な種類と大きさの型があります。同じ型でも配色が変わるだけでまったく違うボタンになります。「カボション」と呼ばれるボタンホールのないアクセサリーに加工しやすいものもあります。透明度を高くする、ガラスとわからないくらいマットに彩色する…。永遠に、いろんなタイプのガラスボタンが出来上がります。まさに錬金術!

昔のガラスボタン見本帖。

 チェコ(往時はチェコスロバキア)のガラスボタンは国外輸出向けが母体でした。こうした見本帖(カタログ)をみてアメリカやフランスなど国外の業者がオーダーしていました。第二次世界大戦、その後の冷戦(ロシアVSアメリカ)を経て、残念ながらかなりの型が破壊され消失しています。さらに、壊れにくく扱いやすいプラスチックボタンが主流になると、ガラスボタン産業は斜陽を迎えます。

 今、チェコではこの伝統的な作業を担うガラスボタン職人が減り、後継者問題を抱えています。ガラスボタン職人になりたいと名乗りを上げた日本人がいましたが、高齢のガラスボタン職人達から「自分達の培ってきた技術をよその国の者に教えるわけにはいかない」と猛反発があり、その話はなくなったとチェコの知人から聞きました。伝統工芸の担い手が少ないという課題は日本もチェコも一緒ですね。

 ちなみに現代、チェコにガラスボタンをオーダーする国でダントツなのは日本とアメリカだそうです。

様々な種類のチェコガラスボタン。同じ型でも彩色で表情がガラリと変わる。古いボタンシートは色合いがノスタルジック。馬蹄とクローバーなど幸運を呼ぶモチーフも多い。

 ところで私ごとですが。“Nisou”はニサ川のことと知った今でも、“ニソウ”という響きを耳にすると「尼僧」を連想してしまいます。その尼僧は瀬戸内寂聴さんのような尼さんではなく、頭にウィンブル(頭巾)をつけた修道院の女性たちです。

 鳥の声がする静寂に包まれた修道院で、黙々とガラスボタンに色をつけるニソウ(尼僧)たち。そんな幻想を抱いてしまう、りんごの木のあるガラスボタンの里のお話でした。

ヤブロネツ・ナド・ニソウ INFO

 ヤブロネツの観光サイト Jablonec.cz

 ガラスと宝飾品の博物館 jablonec museum of glass and jewellery

text: OMOMUKI MAGAZINE / cimacuma saori

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