秋の森を散策していて、ふと「白樺の木に生えるきのこを採ってみたい」と思った。
白樺に生えるきのこといえば「カバノアナタケ(樺孔茸)」(別名「チャーガ」)がおなじみだと思う。北海道やロシアに自生し、漢方としてこの’きのこ’を乾燥させ、煎じて飲む方法が知られている。
カバノアナタケは白樺の朽ちた部分にできる。ガッツリと生えるのでノコギリで切り取らねばならない。里山の軽い散策では、すぐにカバノアナタケを見つけることはできなかったけれど、白樺の木にポコポコと生える別の’きのこ’に興味が湧いた。
古くなって黒くなったもの、これからコロンとツリガネ型になるもの
採ったのは、カバノアナタケと同じサルノコシカケ科の’きのこ’。釣鐘みたいな形をしていて、名前もそのままツリガネタケという。
和名:釣鐘茸 学名:Fomes fomentarius 英名:Amadou(アマドゥ)
ツリガネタケについて調べてみると
火口きのこ(ホクチダケ)、アイスマン、アイヌ 3つのキーワードが出てきた。
アイスマンのホクチダケ
今から約5000年前の遭難者が氷河から発見されたというニュースを覚えている人はおいでだろうか?エッタール渓谷(オーストリアとイタリアの国境にあるアルプス山脈の氷河)で見つかった男性の遺体で、発見された1991年当時、「ICEMAN=アイスマン」として世界中で話題になったことを、今回、調べていて「そういえば」と思い出した。
永久凍土に保存される形で発見された古人「アイスマン」の腰巻には、2種類のきのこが入っていた。一つはカンバタケ。白樺など樺の木(カンバ類)に生えるきのこで、どうやら薬になるお守りとして保持していたらしい、という調査結果がある。
もう一つはカバノアナタケやカンバタケと同じサルノコシカケ科のきのこ、ツリガネタケだ。このキノコの繊維を綿状にほぐしたものが、黄鉄鉱の火打石と一緒にアイスマンの腰巻に入っていた。ツリガネタケは内側がスポンジ状になっていて燃えやすい。ので、昔は火をつける「火口」(ほくち=火打ち石で出した火を移し取るもののこと)として重宝されていたそうだ。ツリガネタケの別名を「ホクチダケ=火口きのこ」というのもなるほど納得である。
森で採ったきのこをみてみると、確かに内側がスポンジみたいだ!
アイヌのホクチダケ
ホクチダケを重宝していたのは何も遠くヨーロッパのアイスマンだけではない。ここ日本の北海道でも、アイヌの人たちがホクチダケのスポンジ繊維を、焚き付け(着火剤)として用いた歴史がある。
火をつける時、なくてはならない植物だったこのキノコを、アイヌの人たちは「タッニカルシ」(樺の木のきのこ、の意)とか「アペオプカルシ」(火に入るきのこ、の意)と呼び親しんだ。
ホクチダケに関しては、明治から昭和にかけて活躍したアイヌ人言語学者かつ北海道大学名誉教授 知里真志保氏(ちりましほ 1909〜1961年)の実体験からの著書『分類アイヌ語辞典第一巻植物篇』にも記述がある。興味のある人はぜひ、深掘りして欲しい。
用途いろいろ、ホクチダケ
古来の人たちは、ホクチダケのスポンジ状の繊維部分を便利な生活道具として活用した。
洗いものをする時は実際にスポンジとして使用した。釣りをする時は釣り道具として活用した。その名残で、釣り具にはホクチダケを拭き取り具にした「スポンジアマドゥ」というツールもあるそうだ。
ホクチダケの繊維質は医療用具としても利用された。ガーゼや脱脂綿が登場する20世紀まで、その代わりを務めていたという人類史上の歴史がある。
また現代のフェルト的な素材として、衣類にも活用された。おもしろいところでは、旧東欧圏ルーマニアの AMADOU HAT=アマドゥハット(ホクチダケ帽子)がある。トランシルヴァニアという、ウクライナとの国境に近い山深いエリアにアマドゥを衣類小物として制作する工房も存在する。まるで、上質なスェード素材のようなクラシカルな帽子が’きのこ’から出来ているところに、世界で初めて’きのこ切手’を発行したルーマニアという国の、きのこと歩む歴史が伺い知れるようだ。
これがキノコ?! ルーマニアのアマドゥハット 画像:Slow Tours Transylvania
森を歩いていてふと興味が湧いたことだったけれど、ホクチダケを見つけたら、焚き付け用に採って保存しておく楽しみができた。
ただしこのホクチダケ、食用不可なのでくれぐれも食べることのないように!
text: OMOMUKI/ CIMACUMA SAORI
コメント