Варенье из шишек 『松ぼっくりジャム‘ヴァレーニエ’』を食べたら口の中に森が広がった。

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 唐突だけど、松ぼっくり(パインコーン pine cone)を食べようと思ったこと、あるだろうか?

 先日、ロシア食材店にお願いしてあった松ぼっくりのジャムが届いた。存在は知っていたけれど、ロシアでは食する機会がなかったものだ。

このジャムみたいなもの、ロシア語で『ヴァレーニエ』(Варенье)と呼ぶ。「果実の砂糖煮」のことで、水分が多く、どちらかといえばシロップに近い。ヴァレーニエは松ぼっくりのほか、サルナシやスイカなどいろいろな果実で作る。どのヴァレーニエも煮崩さず、果実の形をそのまま残す。( RUSSIA BEYOND 『地方別の珍しいヴァレニエ7種』をご覧あれ)厳冬期の長い地域の保存食だ。

 保存瓶に入ったヴァレーニエをさっそく開けてみた。瓶の蓋をあけると、松ぼっくりが丸ごと入っていてインパクトある!若い球果は爪を立てると穴があくほど柔らかいというけれど、たくさんの茶色い松ぼっくりが浮かんだ様子を見たらたじろいでしまった。硬そうなんだもの。。

 おそるおそる、いちばん小さな松ぼっくりを口に含んでそっと噛んでみた。我が前歯の一部は差し歯なので、調子に乗って硬いものを噛むと差し歯がとれてしまうことがある。それで間抜け顔になるのも哀愁を帯びる事態だけれど、それより上手くものが噛めなくなることの不便さったらない。

 ある正月。小学生の甥っ子と「美味しいね〜!!」なんて夢中で燻製を食べた三が日の朝、あろうことか ぐらぐらぐら…と、重力に抗うのをやめた前歯が舌の上に乗っかってきたことがある。父などは「変な顔〜〜!」と大喜びだったが、甥っ子は真顔で「わかるよ、俺も歯が抜けて変な感じしたことあるから」となぐさめてくれた。甥っ子よ、それは乳歯から永久歯への生え変わりじゃないか。何て真っ直ぐであったかい若者なんだ、君は。

 そんなわけで用心深く、小さな松ぼっくりを噛んでみた。 

 !!わ〜!! 柔らかい。

 そして口の中に、ぶわぁと針葉樹林の爽やかさが広がった。舌の上に松ヤニの香りが立ち込めている。目を閉じるとまるで森の中にいるみたいだ。味わっていたら、最後に少しの苦味を感じた。これは…。好き嫌いはあるだろうけれど、私は相当、気に入った。クセになる味だ。

「松ぼっくりのヴァレーニエ」はロシアでもシベリア、カフカス(コーカサスとも)など北方の地域で作られる。厳冬期間が長い北方ロシアならではの、栄養価の高い保存食なのだ。

 現地では松のほか、杉、モミといった針葉樹の実(球果)が用いられる。北方の春は遅いので、シベリアでは6月に、カフカスでは5月に採れる若い緑色の球果が原料になる。あまり大きくなると硬くて噛めなくなるので、球果は1〜3cmのサイズが適するそうだ。球果は採った時は緑色だけれど、煮ると茶色くなる。

 タイガという深い森と共に暮らす古来より、松や杉、モミの樹木が豊富な北方圏には、栄養価の高い針葉樹をあらゆる方法で摂取してきた歴史がある。

松を代表例にすると、まず松葉はビタミンCがたっぷり含まれていて、お茶になる。松の芽は気管支炎に、肌のケアには松脂(マツヤニ)を用いる。そして春先、まだ若い緑色のうちに採った松ぼっくりを砂糖で煮て「ヴァレーニエ」と呼ばれるシロップに近いジャムにする。

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 「松ぼっくりジャムに用いられる松には、どんな種類があるんだろう?」ふと気になって調べてみた。

 松はどの種類も活用できるそうだけれど、タイガに群生する松の中では チョウセンゴヨウ(朝鮮五葉 ロシア語:Корейский кедр=韓国松/Маньчжурский кедр=満州松 学名:Pinus Koraiensis )という五葉松の1種が効能のある樹木として出てきた。

チョウセンゴヨウマツの松の実は栄養価が高い。ナッツの代用食品として流通する「マツノミ(松の実)」も、多くはこの松の実を利用しているそうだ。ロシアと隣接する中国でもこの松は近しい存在で、中国語では「紅松」、「果松」と呼ばれる。

人類のみならず、タイガに生息するアムールトラ(シベリアンタイガー)も、この松の実で栄養を摂ってきたという。

 余談だけれど、我が店で松ぼっくりのヴァレーニエを紹介してみると、男性と女性では反応が大きく違って興味深かった。

女性は圧倒的に「食べてみたい!」「美味しい!」と好意的な反応だけれど、男性は「うーん…」「食したいと思わない..」と消極的。実際に口に含んだ感想も、男性陣は女性と違ってイマイチな反応。ロシアやウクライナのブレンドハーブティーや紅茶を紹介した時はそうした違いはなかったので、とても意外で不思議な感じがした。けれど、「男性も種子(精子)を持っているので、同族を体に入れることに抵抗が生じるのかもしれませんね」という、あるセラピストさんの一言で腑に落ちた気がした。

 野菜や果物の種子を蒔く前に、「舌の上にその種子を乗せて自分の情報を種子に伝える」方法が、シベリアの伝説的ハーバリストの本『アナスタシア』に登場する。この方法を採用して、畑で野菜や果実を栽培している知人もいる。

 シベリアという、深奥の極寒地には人智を超えた大自然の叡智があり、それを伝統的に取り入れてきた智慧の歴史が、松ぼっくりのヴァレーニエにも内包されている感じがする。同時に、急に出てきた熊に襲われそうになっても咄嗟の機転で倒してしまうような、寓話的なダイナミックさや生命力も感じる。

 地球は根源的には一つだけれど、文化が違う分だけ、同じ植物でも食べ方、活用方法に多様性がある。世界を知ることはその土地土地で暮らす人々の文化を知ることに通じるから、面白い。

最後にこぼれ話。江戸時代、日本で松ぼっくりは「松ふぐり」と呼ばれ秋の季語とされていたそうです。

▶︎レシピ 松ぼっくりのシロップ ワレーニエイズシシェク

▶︎RUSSIA BEYOND 松ぼっくりを使った意外なレシピ4選

text: OMOMUKI/ CIMACUMA SAORI

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